♯1 私のことと登校初日
―桜が咲くあの日
私は、注目の男子生徒、水上 春(みなかみ はる)と出会った―
私の名前は、千瀬 水深(ちせ みなみ)。
父はヴァイオリニスト、母は歌姫と呼ばれる声楽家だった。
"だった"というのは、その両親が私が高校に入る前に、
夫婦で旅行に出かけ、飛行機事故であっけなくこの世を去ったから。
"お土産は絶対買ってくるからね"
意気揚々とした顔で父の腕に抱きついて出かけた母の姿は、
今でも私の脳裏に深く刻まれている。
両親の入っていた保険と、そしてそこそこ音楽業界で有名だったお陰で、
卒業までは困らないぐらいのお金はあるものの、あの事故の日を堺に、
私はこの世でひとりきりになった。
よくある話だけど、父は実家とは縁を切って、家出するように
母と結婚し、母は元々が孤児院の出で、両親の存在など知らない。
だから頼れる身内なんていうのは、まずないということで。
だから、事実上、本当に私は一人になったのだ。
両親の葬儀の関係で、私は入学式も出ずに一週間遅れて、
登校初日を迎えることになった。
たかが一週間。されど一週間。
担任から紹介されるようにしてクラスに入ったものの、
すでに出来上がりつつある輪から、私は外れてしまったと
言っても過言ではない。
また、両親がそこそこ有名、しかも死去とあって、
学校中に噂が蔓延っているのだから、余計に居心地は悪い。
奇異の目に晒されるのは真っ平御免なので、私は初日から
1限分をさぼって、人気のないところを探しに行った。
1限の間に、"校舎裏"とか"屋上"とか、ベターな場所に行って
みたけれど、この高校はそういう所はピンク色の空気がプンプン
していたので、速攻場所を移した。
その後、探して見つけたのが、旧校舎にある旧音楽室。
その場所を見つけた頃には、もうお昼になってたけれど。
第三校舎は、今は老朽化が進んだために廃校舎となってるらしく、
各教科で使う物品の保管場所になってるだけの場所で、私達生徒が
いる第一校舎から離れているために、人もあまり来ないらしい。
え?どうしてそんなこと知ってる?
今朝、先生が旧校舎に入らないようにって、事前に説明があったから。
まぁ、どうどうと破ってるけどね。
私は旧音楽室の隅にあるイスに座って、我ながらソコソコな出来栄えの
弁当を机に広げて、一口・二口とご飯を食べはじめた。
旧音楽室は、しんとして静かで、とてもいい場所だった。
時折風が吹いて、春の匂いを運んできてくれた。
そして、弁当といえば。
高校に入るまでは、毎日母親が弁当を作ってくれた。
母は料理上手だったので、私も一緒になって料理を教えてもらっていた。
父親はそんな私達を見ていつもニコニコとしてて、ヴァイオリンをいつも奏でていた。
そんな懐かしい思い出が頭をかすめた瞬間、私はすぐにその思い出を
頭の奥にしまいこんでしまった。だってもう、そんな光景は二度とないから。
思い出すだけ、苦しむから。
こうして私は、"両親の死去"と"授業をサボった"という2点で、
一躍有名人になってしまったのである。